【28th anniversary】1983年2月1日

「おはようございます!今日から正式によろしくお願いします!」

今から28年前の1983年2月1日、山口県宇部市のとある美容室のドアの前にひとりの少年が立っていました。





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遡ること約半年、高専2年の夏休みにその少年は近所の美容室でアルバイトを始めたのでした。

「なんかカッコよさそう」
そんな理由だけでその少年は美容師になりたいと淡い気持ちを抱くようになっていました。

じつは、そのころの少年にはなりたいものが3つあったのです。
それは「ミュージシャン」「アパレルのデザイナー」そして「美容師」

中学時代からバンド活動をしていた少年は「音楽でメシが食えたらサイコー!」などという甘い考えを持っていました。
ライブハウスもディスコもない、しかもその頃はまだ路上ライブなんてものも存在しなかった。
しかも路上でライブをやったところで誰も歩いていないという寂れた街・・・
倒壊寸前の公民館のようなところで細々とライブをやったりしていたのです。
さすがにこれじゃ無理っていうのが頭の悪い少年にもわかったようでした。

高専に入ってからオシャレというものに一気に目覚めた少年は、週末ともなると街に繰り出しては洋服屋巡りをしていました。
少年はファッション雑誌を読みあさり、メンズのみならずレディースファッションにも興味をもっていたようです。
しかし、寂れた街にある洋服屋は、今では世界的なブランド企業に成長した「ユニクロ」のルーツとなる「メンズショップOS」くらいのものでした。

「自分の着たい洋服を自分でデザインしてみたい」
そんな気持ちも、どう具現化すればよいかまったく見当もつかなかったのです。

時期を同じくして、少年はメイクやネイルやヘアスタイルに非常に興味を持ちはじめたのでした。
それはたぶん中学時代の3年間を丸坊主で過ごした反動だったのかもしれませんね。
ことあるごとにクラスメイトに頼み込んでは髪を切らせてもらっていました。
当然ながらカットシザーなんてものはなく、裁ちバサミや文具のハサミなどで切っていたのです。
しかも、嘘か本当かはわからないけど「いやぁ、うまいねぇ!」というクラスメイトたちの言葉を鵜呑みにして少年は有頂天になっていました。

「やっぱり美容師しかない」

しかし、当時は今と違って携帯電話もインターネットもない時代・・・
どうすれば美容師になれるのか?という簡単なことさえもわからなかったのでした。
しかも少年は美容師と理容師、美容室と床屋の違いさえも知らなかったのです。

わからないでウジウジしているくらいなら飛び込んでしまえ!
ということで、少年はたまたま目についた近所の美容室にアルバイトをお願いしたのでした。

時給は450円、朝の8時から夜の8時までタオル洗いと掃除が主な仕事でした。
それでも、その場にいるだけでなんだかいっちょまえに美容師になれた気がしていました。
たくさんの人が来て、スタッフみんな楽しそうに仕事していて・・・
そして、みんなきれいになってニコニコして帰って行く。

「あぁ、早くあんなふうに仕事がしてみたい」

そんな気持ちをオーナーにぶつけた少年は、アルバイトの半年間にどんどん仕事を覚えていったのでした。
シャンプー・マッサージ・パーマのロッド巻き・ブローなど・・・
実際に施術したお客様の評判も上々、その少年はどんどん仕事の楽しさを感じるようになっていました。

美容室のオーナーからも「卒業したらウチで働いてくれよ」と言われていた少年は、もういても立ってもいられなくなっていました。

「あぁ、早く美容室で朝から晩まで働きたい」

そんなふうに思い続けた少年は、高専2年の冬・・・
父親に相談を持ちかけました。

どうしても今すぐ美容師になりたいという熱い思いを少年から打ち明けられた父親は・・・

「はぁ?美容師?どうせそんな仕事すぐ辞めるんだろ?」
「まぁ、やりたいんならお前がやりたいようにやればいい」

父親は半ば呆れながら、半ば軽蔑しながらも少年の熱意に折れたのでした。





そして、1983年1月31日、少年は自ら退学届を高専に提出。
翌2月1日、正式にその美容室の一員として美容師への第一歩を踏み出し始めました。

見習いで美容室に就職した少年は、まるで水を得た魚の如く楽しく働いたのでした。
美容学校は働きながら資格の取れる通信科へ行くことに。
もちろん、入学金や毎月の授業料は少ない自分の給料から賄いました。

誰よりも早く一人前になりたかった少年はよく練習をした・・・ような気がします。
がんばっていると思われるのがキライという妙なプライドがあった少年は、仕事が終わると誰よりも先に帰っていました。
そして、美容室に誰もいなくなった深夜、再び美容室に行って練習をしていたのでした。
朝も同じように、誰も来ないような時間に出勤して練習をして、再び鍵を閉めて外へ出て、誰よりも遅く出勤していました。
なぜそんなこだわりがあったのかは本人も含め誰にもわかりません。





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それから28年の歳月が過ぎ、その少年は45歳のオッサンになっていました。





順風満帆な28年だったか?といえば決してそうじゃなかったと思います。

何度・・・いや、何十回何百回辞めようと思ったことか。
でも、幸か不幸か少年には学歴がなかった。
最終学歴が中卒では、転職しようにもプライドの高い少年の自尊心を満たすような職業なんてないのが現実。

それになによりも、父親のひと言が常に少年の頭の片隅にあったのでした。

「はぁ?美容師?どうせそんな仕事すぐ辞めるんだろ?」
「まぁ、やりたいんならお前がやりたいようにやればいい」

いつも「辞めたらバカにされる、父親の言ったとおりになってしまう」という危機感と背中合わせ・・・
もしかしたら、そんなちっぽけでつまらないプライドのおかげで今まで辞めずに来れたのかもしれませんね。





公私ともにいろんな経験をして、いろんな人と出会い、別れ、またいろんな人と出会い・・・
28年前とは環境も立ち位置も頭の中も視野も、もちろん肌の色も髪の毛の量も変わっていました(笑)

でも、変わらないもの・・・

それは、ひとつのハサミでたくさんの人を笑顔にすること。
その笑顔で自分自身も元気になれること。

アルバイト時代、まだ何もできないながらも淡く感じていたその気持ちのまま。





これからもたくさんの笑顔を作り続けていきたいと思っています。

そう、17歳の少年の気持ちのままで。










毎年2月1日には当時のことを思い出すんです。
きれいごとを言えば、まぁ初心を振り返るというか・・・

両親の反対を押し切って始めた仕事だから、中途半端では辞められない。
でも、いつまでたっても一人前じゃないんですね。
いつまでたっても一人前になったって思えないんです。
だから、辞められない。

しかも、なにより楽しい!
好きなことを毎日楽しめて、それを仕事にできて、お金をいただけて、喜んでいただけて、さらにお礼まで言っていただける。

こんな素敵な仕事だから辞められないですよ!

だからこれからもずっと恩返しというか、お礼をし続けなきゃいけないんです。
今まで「ありがとう」と言っていただいた何十倍も何百倍も・・・

僕からの「ありがとう」を続けていきたいと思っています。










それにしても、あと2年で美容生活30周年ですね。
なんだか往年の演歌歌手みたいな(笑)

その時には何か自分の中でひとつ節目のようなことをしたいですね。

笠本善之 45歳と7ヶ月、まだまだがんばります!!
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by yossy-kmt | 2011-02-02 02:02 | 思うこと
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